春日大社

奈良県奈良市春日野町160

神護景雲2年(768年)

本殿の様式:春日造

 
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Historic Monuments
of
Ancient
Nara

奈良・平城京に遷都された和銅3年(710年)、藤原不比等の藤原氏の氏神である鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山(みかさやま)に遷して祀り、春日神と称したのに始まる。社伝では、神護景雲2年(768年)に藤原永手が鹿島の武甕槌命、香取の経津主命と、枚岡神社に祀られていた天児屋根命・比売神を併せ、御蓋山の麓の四殿の社殿を造営したのをもって創祀としている。ただし、近年の境内の発掘調査により、神護景雲以前よりこの地で祭祀が行われていた可能性も出てきている。藤原氏の隆盛とともに当社も隆盛した。当社の例祭である春日祭りは、賀茂神社の葵祭、石清水八幡宮の石清水祭とともに三勅祭の一つとされる。嘉祥3年(850)には武甕槌命・経津主命が、天慶3年(940)には、朝廷から天児屋根命が最高位である正一位の神階を授かった。藤原氏の氏神・氏寺の関係から興福寺との関係が深く、弘仁4年(813)、藤原冬嗣が興福寺南円堂を建立した際、その本尊の不空絹索観音のが、当社の祭神・武甕槌命の本地仏とされた。神仏習合が進むにつれ、春日大社と興福寺は一体のものとなっていった。明治4年(1871)に春日神社に改称し、官幣大社に列した。昭和21年(1946)12月に現在の春日大社に改称した。(ウィキペディアより抜粋)
中門と神木・紋)
中門と
釣灯籠